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2007年 04月 23日
2007年 03月 15日
1997年5月横浜大倉山に誕生。こどもたちとともに創造性発掘の旅は10年続きました。
小さいけれど楽しいアトリエで、やりたいことやりたかったことたくさんできました。 たくさんの人に出会いました。そして、その人たちが、私の新しい出発に大きく影響しています。 2007年春、新しい出発のためアトリエブランはさよならをします。 「さよなら」なんて言葉はないよ、、、と言い続けてきたけれど、やっぱりさよならはある。 次の出会いのために。 今まで本当にありがとうございました。 小野由紀子は新しい旅に踏み切りました! 2007年 03月 15日
小さな少し古い一軒家、毎日お昼をまわると小さなざわめきではち切れそうになる。
下は3歳から、「今日はアトリエの日!」 「アトリエって何?」 「え〜っと、、、なんか作ったり、描いたり、散歩したり・・・???」 「絵画教室の事?」 「・・・う〜ん、そうかもしれないけど、でも、もっと色んなことするんだよ。」 美術というより、広く「アート」の現場として、アトリエ・ブランに関わった人々の心に、体に、刻み込まれる体験。 例えば・・・・ 「オムレツ作りから始まる”たまごの世界”」 「ヨガ風カラダ発見遊び」 「森へ出よう」 「音探し・色探し」 などなど・・・ 子どもから大人まで、ゆっくり道草しながらの発見。
2006年 08月 28日
日本庭園の茶室の露地にある手水鉢。その地下に壷を埋めてこぼれ落ちる水を反響させ、音の風情を楽しんだ水琴窟。
いいなあ、贅沢な遊び心。 というわけで、cafeブランにもつくったぞ。水琴窟! ![]() お風呂場からのびる長い塩ビ管。耳をあてて聞くとしたたる水音が・・・・・ ![]() 苦肉の策。水の量、きれいなしずくで落とすために水流を高くして子どもたちの作った現代版手水鉢から浴槽のなかへ「ぽちゃんっっ」。 ![]() 音の風情というか、このシカケに苦戦したくまさんの背中に風情がでる。 2006年 08月 27日
cafeブランの庭。
手水鉢をつくろう! ![]() 石を削るのはちょっとねえ、、、現代版だからセメントでつくってみた。化石みたいにいろんなものが埋まってる。 ![]() こちらも現代版。飛び石。というか、足ツボマッサージができそう。 ![]() いろんな人生と思いが凝縮された岩や飛び石の並ぶ庭。 ![]() 一応「枯山水」なんだけど、「わびさび」も、子どもたちの天然生命力エネルギーにはかなわない。 ![]() 2006年 08月 26日
さて頑張った夏休み!
ついに「子どもたちの手打ちうどん処cafeブラン」開店。 ![]() ![]() でも、借景の窓にちゃんとハマるよ。 ![]() うどん打ちコーナーは盛況。体験手打ちうどんあり。 カンタパパ指導のもと。なあんだ、もっと早くお願いしとけばよかった・・・・ ![]() 食べ終わったお椀とお箸は、洗って工作をして庭園の灯籠に組み立てられてゆく予定。 ![]() 2006年 08月 22日
駐車場に枯山水。どうやら大きな岩は出来たので、海をつくろう。
それぞれの心の海を一本の線にたくして。 どこがスタート?ゴールまで切れない様に、一本線。 いろんな海の音がする。 かなりの集中力。 ![]() なかなか、中腰が極ってるじゃないの! やっぱりみんなニッポンの子だ。 2006年 08月 21日
何かに使える?
アトリエ定番ではありますが染め紙。 でも、墨一色にしてみた。墨の濃度で、何色もの黒ができる。 ![]() 陽に照らされるとさらに奥行きのある色が見える。墨は美しい。 日本人でよかった。 2006年 08月 21日
枯山水まねての「岩づくり」。
一番大きな岩を作ろう。 ![]() 「大きい」って、どれくらいなんだろう。 岩をつくろう、といってお任せすると、最初はたいがい手のひらサイズ。それ、岩じゃなくて石でしょ。そうか〜〜で、少し大きくして顔くらい。まあ、それもありだけど、「自分よりおっきいのつくれないかな。」 材料はシンプルに新聞紙にした。岩というからにはその重さや質感も大切なんだけど、それを求めるには子どもたち、あまりに「大きさ」感覚に鈍すぎるのだ。 ![]() たまにね、こんな子もいる。 大きくする事を拒否して、両手サイズくらいの新聞の塊をセロテープでひたすらぐるぐる巻き。何重にも何重にも何重にも・・・・・・・・・・・・・・・・・ 輝くようなツヤツヤつるつる、もはや新聞紙の文字や写真はその質を変え、確かに「こんな河原の石ある!」という感じまで到達。 その子のこだわりは、「岩」ときいて、その大きさより「質感」なのだと思う。セロテープも、ここまでこだわってくれれば本望。 ![]() とりあえずはアトリエの駐車場につくる「枯山水風」だから、山へ運び出してみて、岩を進化させよう。野外へ持ち出すと大きさ感覚がぐっとかわる。 ![]() 結局ゴロゴロ転がして、落ち葉や雑草を纏った頑丈きわまりない形になってゆく。テープのせいで圧縮されてそうとう重い。 岩の質感に近づいたんじゃない? 「なんでこんなのわざわざ運ぶのよ〜〜」 と邪魔そうにしぶしぶ運んでいたものの、そんな思いをして歩いたために大きさのみならず質感もクリア! ![]() 「アトリエの活動はダイナミックでいいですね。」とよく言っていただくけれど、ダイナミックをしようとしているわけではない。 フツウにカラダで感じて生活する事が創る原点だというだけのこと。 子どもたちがそれぞれに、日常をどのように、何に囲まれ過ごし、どんな価値観で生活しているかが一瞬で分かる。 カラダの反応とつながっている子が年々少なくなっているのはとても不安だ。 2006年 08月 18日
4月に母が死んだ。
長い事持病を抱え、完全に自分の足で歩けなくなったのが4年前、ベッドから降りられなくなったのが2年前、話さなくなり完全に目が見えなくなったのも同じ頃、それ以後は、周囲に対しての反応もおぼろになっての寝たきり生活だった。 もとが頑丈に生まれたためかお医者さんもびっくり、家族もびっくりするがんばりで生き続けたが、ついに春爛漫の夜に静かな最後をむかえた。 ![]() さかのぼって10年前だったか、もうかなり足が動かなくなっていて、それでも本人気丈に痛みと麻痺をごまかして生活していたある日の事。 「ママね、ソシアルダンスを習いたいの。由紀ちゃん、ちょっとだけ教えてくれない?」 とダンスのポーズをつくって突然笑顔で言い出した。 ソシアルダンスなんてちょっとは知ってるけど教えられるかな?と思いつつ、なあにまた気まぐれ起こして・・・とついめんどくさくなり 「ダンスなんてね、足腰鍛える事からでしょ。」 と投げやりに答えてしまった。答えた直後にはっとしたのだがもう遅い。 日に日に思うに任せなくなる下半身を持て余し、病気の進行の恐怖におびえつつ、それを表に出す事なくキラキラした事だけを夢見るように話して日々を送っていたのだろうに。 結局ソシアルダンスはそれ以来死語となってしまった。 ![]() 意識があるのかないのかわからない、寝たきり生活。 少しずつ反応がなくなって行く毎日、それでも、たまに会って顔をのぞき込んで 「由紀だよ。」 というと、満面の笑顔になっていた。元気だった頃こんな風に笑いかけてくれる母ではなかったのに。聴覚だけが一番最後まで残るのだそうで、意識なく反応がないようでもけっこう聞こえているものなのだそうだ。見えなくなったといっても、真っ暗闇になるわけではなく、明るさ暗さ、人の気配はうごめく様にわかるらしい。 元気な頃は仕事もしていないのに私たち姉妹は鍵っ子にされるほど外出ばかりしていた母が、寝たきりの最期2年あまり、毎日毎日何を思っていたのだろうか。 何を見て、何を聞いて、何を感じていたのだろうか。 幸い激痛があるような病気ではなかったのでその姿はやせ衰えてはいてもとても平穏で静かな空気をたたえていた。 幼い頃、若い頃、そして晩年と様々な思い出を巡って、うとうとして、十分にたのしんでいたのかもしれない。 かつて「見た事」「歩いた事」「聞いた事」は確実にカラダに残っていて、たとえ器官として機能できなくなっても魂には残るのだと思う。 10年前のあの日、ウソでもいいからワルツを一緒に踊ってあげればよかったと思う。
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